去年の秋、友人二人と三人で山に登ったときの話です。
三人とも、普段から登山をするわけではありません。
紅葉でも見に行こうという話になって、車で二時間ほどのところにある山へ行くことになりました。標高はそれほど高くなく、登山道も整備されていて、ネットでは初心者向けとして紹介されていました。
朝九時前に登山口の駐車場へ着きました。
すでに十台くらい車が停まっていて、準備をしている人も何人かいました。
登山口には大きな案内板があり、その脇に黄色い注意看板が立っていました。
「登山道を外れないでください」
そんなことが書いてあったと思います。
文字の横には、リュックを背負った登山者の絵が描かれていました。
帽子をかぶった男の絵です。
顔は丸く、目は黒い点が二つ。口は一本の横線だけ。
役所や観光地の看板にありそうな、簡単なイラストでした。
そのときは、誰も気にしていませんでした。
一時間ほど登ったところで休憩しました。
ベンチの近くに、
「落石注意」
と書かれた黄色い看板がありました。
その看板にも人の絵が描かれていました。
頭の上から石が落ちてきていて、男が両腕で頭を守っています。
それを見た友人の一人が言いました。
「こいつ、下にもいなかった?」
「いたっけ」
「入口の看板」
改めて見ると、確かに似ていました。
同じ帽子。
同じ服。
丸い頭に、点のような目。
一本線の口。
「同じイラスト使ってるんじゃない?」
もう一人が言いました。
私もそう思いました。
同じところが管理している看板なら、同じキャラクターを使っていてもおかしくありません。
友人も「まあそうか」と言って、それ以上気にしませんでした。
さらに登ると、道の右側が急な斜面になっている場所に出ました。
そこにも黄色い看板がありました。
「足元注意」
その横にも、あの男がいました。
崖の手前で立ち止まり、下を覗き込んでいます。
「またいるな」
私が言うと、
「だから同じやつなんだって」
友人が笑いました。
私も笑いました。
ただ、少しだけ気になりました。
看板ごとに男の格好は同じなのに、姿勢だけが違います。
入口ではリュックを背負って立っていた。
落石注意では両腕で頭を守っていた。
ここでは崖を覗き込んでいる。
同じ人物を使って、看板ごとにわざわざ違う絵を作っているようでした。
まあ、そういうデザインなんだろう。
それ以上は考えませんでした。
昼前に山頂へ着きました。
そこで昼飯を食べて、景色を見て、三人で写真を撮りました。
他にも登山客は何組かいました。
特に変わったことはありませんでした。
一時間ほど休んでから、同じ登山道を下りました。
しばらくして「足元注意」の看板まで戻ってきました。
最初に気づいたのは、行きにも看板のことを気にしていた友人でした。
「あれ?」
足を止めました。
「何?」
「こいつ、こうだった?」
看板を見る。
男は崖を覗いていませんでした。
身体はこちらを向いて、普通に立っています。
ただ、
顔だけが横を向いていました。
私たちがこれから下っていく方向を見ています。
「最初からじゃない?」
そう言ったものの、自信はありませんでした。
行きに看板をじっくり見ていたわけではありません。
「一応撮っとくか」
私は半分冗談でスマホを出しました。
看板を一枚撮りました。
友人が、
「何の記念だよ」
と言って笑いました。
そのときは、まだ私たちも笑っていました。
少し下ると、「落石注意」の看板が見えてきました。
今度は三人とも、見た瞬間に足が止まりました。
男が、
頭を守っていませんでした。
両腕を身体の横に下ろして、普通に立っていました。
そして顔だけを、
私たちが下っていく方向へ向けていました。
「いや、これは違うだろ」
友人が言いました。
これは三人とも覚えていました。
登ってきたとき、この男は落ちてくる石から頭を守っていた。
友人の一人が看板に近づきました。
表面を指で擦りました。
「印刷だよな、これ」
シールではありません。
何かを上から貼ったようにも見えません。
誰かが描き直したような跡もありませんでした。
色褪せて、細かい傷も入っている。
ずっとそこに立っていた普通の看板です。
私はそれも写真に撮りました。
今度は誰も笑いませんでした。
そこからは三人とも、あまり喋らなくなりました。
少し早足で下りました。
二十分くらい歩いたころ、
木々の向こうに黄色い看板が見えてきました。
登山口にあった、
「登山道を外れないでください」
という看板でした。
朝と同じように、男の絵がありました。
帽子をかぶって、リュックを背負っています。
でも、
朝と同じ姿勢ではありませんでした。
男は右腕をまっすぐ伸ばしていました。
指差していたのは登山道ではありません。
看板の横。
道から外れた林の中でした。
杉の木が何本も並んでいて、その先は薄暗く、地面は落ち葉に覆われています。
人が歩くような道はありません。
「……朝、こんなんじゃなかったよな」
友人が言いました。
誰も答えませんでした。
男の顔は相変わらず、点が二つと一本の線だけでした。
なのに、
なぜかそのときだけ、
「そっちへ行け」
と言われているように見えました。
私は、男が指差している先を見ました。
木しかありません。
少なくとも、私にはそう見えました。
隣にいた友人が、
「行こう」
と言いました。
声が小さかった。
「早く行こう」
私たちはそのまま看板の前を通り過ぎました。
駐車場まで戻ると、少し安心しました。
まだ何台か車が残っていて、荷物を片付けている登山客もいました。
人がいる。
車がある。
それだけで、さっきまでのことが急に馬鹿馬鹿しく思えてきました。
荷物を車に積みながら、友人が言いました。
「写真見せて」
私は途中で撮った二枚を見せました。
「足元注意」の看板。
男はこちらを向いて立ち、顔だけを下山方向へ向けています。
「落石注意」の看板。
男は両腕を下ろし、やはり下山方向を見ています。
「やっぱ変だよな」
「でも行きの写真がないからな」
そんな話をしていると、もう一人が言いました。
「最後のやつも撮ればよかったな」
言われて気づきました。
林を指差していた最後の看板だけ、写真を撮っていませんでした。
登山口は駐車場からすぐです。
少し迷いましたが、一人で戻るのは嫌だったので、三人で見に行くことにしました。
看板は同じ場所に立っていました。
黄色い板に、
「登山道を外れないでください」
と書かれています。
でも、
男がいませんでした。
最初、別の看板を見ているのかと思いました。
文字の横には、何も描かれていません。
黄色い地の色がそのまま続いているだけです。
「……ここだよな」
友人が言いました。
間違いありません。
さっきまで、
そこに男がいた。
リュックを背負って、
林の中を指差していた。
三人で看板のすぐ前まで行きました。
剥がした跡はありません。
擦った跡もない。
絵が描かれていた部分だけ色が違う、ということもありません。
最初から、
そこには文字しかなかったように見えました。
友人がスマホを出して写真を撮りました。
その直後です。
もう一人の友人が、
「帰ろう」
と言いました。
私はそいつを見ました。
顔がさっきまでと違っていました。
「どうした?」
答えません。
看板の横を見ています。
男が指差していた林の方です。
私も見ました。
杉の木が並んでいるだけでした。
「何かいる?」
そう聞くと、
少し間があって、
「いや」
と答えました。
それからもう一度、
「帰ろう」
と言いました。
車に戻り、すぐに山を出ました。
十分くらい走ったころだったと思います。
後部座席にいたそいつが、突然言いました。
「さっきさ」
運転していた私は前を見たまま返事をしました。
「何?」
「あの看板、人いなくなってたじゃん」
「うん」
「そのあと俺、林の方見てたろ」
助手席の友人が振り返りました。
「なんかいたの?」
しばらく返事がありませんでした。
「分かんない」
「何が?」
「木の間に、なんか立ってた」
私は何も言えませんでした。
「人?」
「そう見えた」
「登山客じゃないの?」
「かもしれない」
そこで少し黙りました。
それから、
「でも」
と言いました。
「何?」
「薄かったんだよ」
意味が分かりませんでした。
「薄いって何が」
「身体。横から見たら、ほとんど幅がなかった」
それ以上、詳しく聞く気にはなれませんでした。
その日の夜。
家に帰って風呂から上がると、三人のグループに写真が送られていました。
駐車場へ戻ったあとに撮った、最後の看板の写真でした。
黄色い看板には、
「登山道を外れないでください」
という文字だけが写っています。
男はいません。
その下に友人から、
「右の方見て」
とメッセージが来ていました。
私は写真を開きました。
看板の右側に、林が少しだけ写り込んでいます。
指で拡大しました。
杉の木が何本か並んでいました。
その間に、
何かいました。
遠いので、顔は分かりません。
人のような形をしています。
帽子のようなものをかぶっている。
背中には、四角いリュックのようなものがある。
両腕を身体の横に垂らして、
木と木の間に立っています。
ただ、
友人が言っていた意味が分かりました。
妙に薄い。
身体に厚みがない。
人間を描いた板を、
木の間に立てたように見えました。
そのとき、もう一通メッセージが来ました。
林でそれを見た友人からでした。
「俺が見たとき、もっと奥にいた」
その直後、
もう一枚写真が送られてきました。
同じ写真を拡大したものです。
友人が赤い丸をつけていました。
私は最初、
何を示しているのか分かりませんでした。
男ではありません。
看板の方でした。
文字しか残っていない黄色い看板。
その下。
地面の近く。
看板の脚のすぐ横に、
細長い黒い線が写っていました。
影のようにも見えます。
でも、その日は曇っていました。
友人からメッセージが来ました。
「これ、撮ったとき無かったよな」
私は返信しませんでした。
もう一度、写真全体を表示しました。
林の中に立っている薄い人影。
看板の下に伸びている細い影。
見比べているうちに、
一つだけ気づきました。
林の中の男には、
影がありませんでした。
その山には、それ以来行っていません。
あの写真も、しばらくして消しました。
ただ、今でも山道で黄色い注意看板を見ると、
つい人の絵を探してしまいます。
描いてあれば、少し安心します。
まだ、
そこにいるからです。
制作情報
生成AI:ChatGPT
モデル:GPT-5.6 Sol
制作:2026年9月
カテゴリー:土地・場所の怪談
タグ:ChatGPT
※本作品は生成AIによって制作されたフィクションです。

